野良の虹

まゆこのブログ

ブログのタイトルについて

このブログのタイトルを「野良の虹」としました。

これは、私の好きな音楽家キリンジ」の曲名です。

この話を書くための前段という意味もこめて、キリンジとの出会いから今までのことを別の記事で書きました。

この曲の歌詞には官能的だったり直接的だったりする部分もあり、ドキドキもしますが、とてもきれいな曲だなとも思って、ずっと好きです。ベースの動きとかも好きです。

私は大学生の頃から8年間ぐらい、今はなきwebレンタル日記サービスさるさる日記」というものをやっていて、そのときの日記のタイトルも「野良の虹」にしていました。今回もブログを始めるにあたり、タイトルをどうしようかと思って、いろいろ考えた末、またしても「野良の虹」にしました。

 

野良の虹。。。

「虹」って、はかなくて、とてもきれいなものです。

恋愛の歌ではあると思うけれど、私は恋愛以外のすべてのものごとや人にも言えることをこの曲やタイトルから感じています。( ※私の解釈です。)

 

恋人のことを、そこにいて自由に動いて生きている存在みたいな意味で「野良」、そして、いつか消えてしまう(もしずっと一緒にいたとしても、いつかは死による別れも来る)、はかなくて、でも自分にとってとても美しい存在として「虹」という言葉で表したのではないかと思う。そして歌詞の中で、何気ないような、でもかけがえのない、ふたりの中での場面(←これも今しかない、野良の虹)をつづっているのだと思う。その中に、恋のよろこびみたいなものが溢れている気がする。この瞬間を心に刻みつけよう、みたいな気持ちも。「流星のイレズミをまぶたに刻め」。

でも、本当は、恋人や恋愛だけじゃなくて、友達も、家族も、知らない人も、人との関係も、感覚や意識も、何気なく在るいろんな場所やものごとや音や声も、(ひいては地球や宇宙も)すべてが、今この瞬間には存在するけれどそれが奇跡的であり、いつかは存在が消えてしまう(かもしれない)「野良の虹」な気がする。

だからこそ、自分にとって大切に思える人やものごとは、より、大切にしていきたくなるのかもしれない。なくなって、またはなくなりそうになって気づくこともあるけれど。。。

 

あらゆるものごと・人が、(そして私が私として生まれて私の身体と意識で生きているのも)今しかない「野良の虹」であるからこそ、より、素直な気持ちやその瞬間を大切にして生きていきたいという気持ちや、何気ないかもしれないけれどその時にしかない日常の中でのできごとや想いをつづっておきたいという気持ちをこめて、そして、この響きも好きで、このタイトルにしました。

大学生のときも、きっとそんな気持ちで、私はこの言葉を日記のタイトルにしたんだと思います。